『一銭五厘たちの横丁』
この本は以前、桑原甲子雄のことを調べた時に入手した中の一冊だ。
その時は写真にだけ目を通して、文章は読まなかった。
苦手な「下町もの」といった先入観があったのだ。
しかし今回、なぜか読んでみる気になった。
著者は児玉隆也という。

この本の端緒は、桑原が氏名不詳者の写真展の開催に際して、
児玉に短い物語の執筆を依頼した事だという。
読んでみると、一気に引き込まれた。
一枚の写真に写された氏名不詳者を、歩いてあるいて、
何度も歩いてその所在を突き止める。
たずねびとのようなその過程とやり取りがコツコツと積み上げられ、
それまで目に見えなかったものがゆっくりと姿を現してくる、
その筆が冴えている。
決して「下町もの」などではない。
写真展を見て連絡をしてきたNHKディレクターの
「“一銭五厘”って何のことですか? 本当に歩いたのですか?」
という質問に対して
“大NHK”と書いて“おたんこなす”とルビを振る切り返しも、小気味良い。
この人は誰だろう?

調べてみると、1974年の文藝春秋11月号田中角栄大特集で、
立花隆の「田中角栄研究−その金脈と人脈」とともに
「淋しき越山会の女王」を発表して一躍注目されるが、
翌年5月に肺がんで38歳の若さで早世した
ジャーナリストであることがわかった。
桑原の写真を読み解いて行くその力量と説得力も、
さもありなんということだと了解できた。
桑原甲子雄がいなければ、不勉強な私がこのジャーナリストに
出会う事はなかっただろう。

また本の楽しみを味わってしまった。
この本は第23回日本エッセイストクラブ賞を受賞している。



2016年 9月 7日


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