前橋を歩く
 

 
 
<第四回>前橋を歩く

 今、前橋の町を歩いても、朔太郎が生きた当時の面影をとどめるものはほとんど目にすることはできない。皮肉なことに、朔太郎が嫌悪し、また愛しんだ「郷土前橋」という地方都市としての、その有り様だけがそのままである。あるいは日本全体がそうなのかも知れない。
 そうだとすれば、いまさら史跡を巡るよりも「今」の前橋の町を歩くことが、より朔太郎に近づく方法ではないだろうか...そんなことを考えながら初夏の前橋を歩こうと思い立った。

 私は地方都市を歩くのが好きだ。街道が開かれ、宿場が発達し、鉄道が敷設され、駅前が賑わい、商店街が形成され、自動車用の道路が整備され、駅前が廃れ、鉄道は廃線となり、地名は変更され、区画整理が行われ...といった近世以降の土地の歴史のめまぐるしい変遷を読み解きながら歩くのはとても楽しい。

 それにしても前橋の町は広い。とても1日や2日ではその全体像をつかむことはできない。「全体像をつかむ」と言うことは簡単だが、私の場合ひとつの町の全体像を把握する作業は、その町のほぼ全域を歩くことから始まる。もちろんその町に興味を持ったそのこと自体、すでにある程度の予備知識を前提としているのだが、資料などを読むのは少なくとも一度は歩いた後にしている。
 新興のベッドタウンなら町の構造は単純そのものだが、地方都市を歩く場合は起点をどこにとるかに1日の成否がかかることがある。特に鉄道でその町に行った時、そして町の構造が駅を中心にしていない場合に大きな読み違いをしてしまう。
 そういう失敗をしてもやはり自分の足で歩くことから始める。町の骨格を決めるメインストリートから、横道、脇道、裏通り、細道、枝道、分かれ道と、とにかく歩き回る。メインストリートといっても時代によって変遷があることがあるので、新旧複数のメインストリートが混在することも稀ではない。同じ理由から地図を見るのは目的地がはっきりしている場合だけで、普通は歩いた後を地図で確認するようにしている。

 行政上の町と、歩く上での実感としての町とは当然一致しないだろう。「ほぼ全域を歩く」とはいっても、町村合併で組み込まれたような地域を歩いても意味はない。とにかくまず自分の目でみて、そしてその位置関係を確認する。その繰り返しからやっと全体像が浮かび上がってくるのだが、歩き回ってくたびれて果てて、食事ものどを通らなかったことも一度や二度ではない。
 前橋の町は今までにも何度か歩いている。今まではひとり旅だったが、今回は若き朔太郎と連れだって歩くことにした。こうして詩人を勝手に独占できるのは、読者の特権である。


 二人は前橋駅前で落ち合った。朔太郎の風体は、原宿ならば特に目立たないだろうが、この町の中ではやはり奇異である。しかし今それは私にしか見えないのだから、何も気にすることはないだろう。
 私は早速「見よ!私は空漠として停車場に立てり」と挨拶をして朔太郎に笑われる。

 二人して広瀬川に行き、あちこち写真を撮りながら利根川縁から前橋刑務所裏に出た。朔太郎は私のオートフォーカスのカメラを手にとって不思議そうに眺めている。「こうやって自動的に焦点が合ってしまったら、郷愁は写りませんね」と私が説明すると、朔太郎は黙って肯いてそのカメラを戻してよこしたので少しほっとした。
 私は私なりに、この現代の機械で「郷愁」を写すちょっとした自信があったのだ。「私の写真ができあがったらお送りします。朔太郎さんが撮りたかったものを私が撮ったらどんな写真ができるか楽しみです。」と言ったが、朔太郎はもう自分のカメラに熱中していた。
 「監獄裏の林」は公園として整備され、囚人の姿を直接見ることはもちろんできない。そこには少年野球場もあり、むしろ明るい雰囲気の場所である。私たちは、朔太郎の作品に登場する動物たちの話や、かつて朔太郎が住んでいた馬込の近くに、今私が住んでいることなどを話していた。
 その時、野球の練習を見物していた赤ん坊を抱いた二人の若い母親が、私たちのそばを通り過ぎ刑務所裏の柵を開けて中に入って行った。たぶん刑務所職員の家族なのだろうが、日常と非日常の境界を鮮やかにくぐり抜けたこの出来事に、二人は顔を見合わせた。
 詩人の中にはどんなことばが生まれただろうか。


  かれらは青ざめたしゃっぽをかぶり
  うすぐらい尻尾に先を曳きずって歩きまはる
  そしてみよ そいつの陰鬱なしゃべるが泥土を掘るではないか。
  ああ草の根株は堀っくりかへされ
  どこもかしこも曇暗な日ざしがかげってゐる。
  なんという退屈な人生だろう
  ふしぎな葬式のやうに列をつくって大きな建物の影へ出這りする。
  この幽霊のやうにさびしい影だ
  硝子のぴかぴかするかなしい野外で
  どれも青ざめた紙のしゃっぽをかぶり
  ぞろぞろと蛇の卵のやうにつながってくる
  さびしい囚人の群ではないか。


           かなしい囚人『青猫』より
 
 
 
「比田井一良のプリントワーク 私の萩原朔太郎」完

2009年 1月 30日


Facebook




このサイトにおける全ての文章、及び写真等の著作権は銀遊堂に帰属します。
copyright(c)2009 GINYUDO all rights reserved.
designed by Tamami
Phi Lein