個展というフィールドワークの場
 ウメばぁさんのお世話でこうしてアパートに入居したものの、話し相手もなく、こうしてひとりでぶつくさ呟いているのはどうも独居老人の様相を呈してきましたね。
今日からは比田井老人と呼んでいただきましょうか...

 ところでこの老人、過日この歳にして初めての個展を開き、まさに老いらくの至りで(そんな言葉ないか)気力体力とも見事に使い果たしました。三階から見ていたウメばぁさんは、「比田井老人は会場でただ座っているだけなのに、疲れた疲れたとか言っている」と高笑いしていましたが、いくつになっても「初体験」とは嬉し恥ずかしでキンチョーするものです。
 おかげさまで写真展の方は、予想外の好評でした。それは素直に喜ぶべきなのですが、「写真展」なのにキャプションの文章の方を褒められたりして、なにやら複雑な気分にもなりました。

 ところで写真展の最後の週末は金曜日が祝日で三連休でしたが、さすがにこの三日間は少し余裕も出来て、ちょっとした発見がありました。
 個展というのは、実はとても面白いフィールドワークの場だったのす。フィールドワーク( field work または fieldwork )は、もともと社会学や文化人類学などで用いられる用語であり、方法論です。

【フィールドワーク(文化人類学事典、弘文堂)】
 フィールドワークとは、研究対象となっている地域または社会に
 研究者自身がおもむき、その地域または社会に関し何らかの調査を
 行うことである。

【フィールドワーク(社会学小辞典、有斐閣)】
 →【現地調査】実地調査、フィールドワークともいう。
 社会調査における中心的な過程で、現地におけるデータ収集の
 過程をいう。

 つまり個展会場は、自分自身だけのためのフィールドワークの場なのです。しかもそこは観察者である自分自身の作品が結界となった、きわめて特殊で魅力的な空間なのです。いくら独居老人とはいえ、これでアドレナリンが分泌されないはずはありません。

 写真表現はどのように理解されるのか、あるいは誤解されるのか。
私の作品はどのように読まれ、あるいは深読みされ、あるいは見過ごされるのか。
 ちょうど社会学の研究者が未知の地域に入り込んでいくように、私の目の前には全く初めての出来事が展開されているのです。これは自分の個展でなければ得ることの出来ない貴重な体験でした。


 さて、ここからは個展の体験をもとにした一般論です。
当然いわゆるフィールドワークの実践の中では、写真は重要な記録ツールとして機能することになります。しかし逆に写真の側から見れば、写真制作そのものがフィールドワークであると言えるのではないでしょうか。たとえどんな分野の写真であっても、それはおもしろいほど当てはまるように思えます。
試しにやってみましょう。

【写真制作】
 写真制作とは、撮影対象となっている地域または社会に
 撮影者自身がおもむき、その地域または社会に関し
 何らかの調査を行うことである。

 「地域または社会」の部分は特に社会的なテーマを扱った写真に限らず、「美しきロスマリーン」であったり「十月の薔薇」であったりするでしょう。また「調査」の部分は、撮影のための準備や下調べであったり、他人の作品の研究であったり、また撮影行為そのもの(自己言及、あるいは対象と自分自身との関係を探る)であったりするでしょう。
 そういう視線で過去の様々な作品を見直してみると、見慣れた作品がまた新鮮に見えてきます。たとえば、濱屋浩のような写真家はもともと民俗学を基礎にしたアプローチで知られていますが(『 潜像残像 』河出書房新社)、一見そのようなものと無縁と思われる写真家にも必ず「フィールドワーク」があります。作家研究の視点としても面白いかも知れません。もちろん絶対忘れてはいけないのがエドワード・カーティスです。

 社会学や文化人類学のフィールドワークは本を読んですぐに応用出来るような簡単なものではなく、実際のフィールドワークの場で研究者としての師弟関係の中で学んでゆくもののようですが、参考書としては次の2冊がお勧めです。


『フィールドワーク―書を持って街へ出よう』佐藤郁哉、新曜社


『フィールドワークの経験』好井裕明&桜井厚編、せりか書房

2009年 2月 2日


Facebook




このサイトにおける全ての文章、及び写真等の著作権は銀遊堂に帰属します。
copyright(c)2009 GINYUDO all rights reserved.
designed by Tamami
Phi Lein