雨の名前
 『雨の名前』という本を手にして以来、雨の休日に外出することが多くなった。
 外出と言ってもとりたてて用もない散歩だが、それまで億劫だった雨の日の外出が一冊の本で楽しみに変わった。

 歩きながら、今降っているこの雨は何という名前だろう?と考える。そして気が付くのだ。この雨の名付け親は私なのだと。
 ある人はこの雨を「寒明の雨」と呼ぶだろう。だが私は、うまく進んでいない今の仕事のことが気にかかっていて、この雨を「冷雨」と呼ぶのが相応しいと感じる。言語学をやっている人は、シニフィアンとシニフィエを思い出すだろう。
 これがたとえば千円札の場合、「私にはこのお札は五千円に感じられる」と言って、千円で五千円の買い物をしようとしても、それは通用しない。多分、お巡りさんか病院のお世話になることだろう。

 東京のような都会の中で生活をしていると、“自然”との接点はきわめて限られる。地面はコンクリート、星は2等星の北極星がやっと見える程度、風は排気ガスの臭い。

 でも雨が降り出すと様相が変わる。
道を歩く人影が少なくなり、雨音が都会の喧噪を和らげてくれる。

 自分が名付けた雨の中で、私はひとり自然に抱かれる。良い本に出会うと、頭の中や心の様が変化するのはもちろんだが、ふだんの生活もちょっと変わる。それが嬉しくて本屋に通う。
 
 
 
『雨の名前』高橋順子・文、佐藤秀明・写真、小学館
 

2009年 2月 12日


Facebook




このサイトにおける全ての文章、及び写真等の著作権は銀遊堂に帰属します。
copyright(c)2009 GINYUDO all rights reserved.
designed by Tamami
Phi Lein