本と私
 社会人としてのスタートが出版社のアルバイトだったのは、私にとって幸運なことだと思っている。最終学年の夏、紹介してもらった出版社に面接に行き「明日から来るなら使ってやる」と言われ、二つ返事でそのとおりにした。従って最終学歴は裏口卒業である。

 どこの出版社でもそうだと思うが、猛者というか名物編集者がいて、新米編集者の目標になったり壁になったりする。私がもぐり込んだ出版社にもやはりそういう人がいて(後になって、出版社の編集部には「編集者」と「出版社の社員」の二種類の人間がいるのだ、ということに気が付いた)新米編集者を集めて勉強会をやっていた。「おまえは写真部だが、本が好きそうだから来い。」と言われて、私も聴講生扱いで参加させてもらった。

 勉強会は興にまかせて深夜に及ぶことがあるが、そんな時に限って「明朝までに」という期限で宿題(メンバーは爆弾と呼んでいた)が出るのである。ふだん出版社の「朝」は特殊相対性理論の世界で、始業時刻に来ても誰もいないことも珍しくない。昼から来る人、夕方出てきてそのまま新宿三丁目に行く人、けれど宿題が出た翌朝は、たとえ一睡もしていなくても定時出社が要求される。「時間に間に合わない原稿は仕事ではない」と一喝されて、それ以降勉強会に出入り禁止になった人もいた。今ならばインターネットでかなりのことが調べられるから、睡魔との戦いに勝てば簡単なレポートはまとめられるだろう。しかし当時は、何しろ30年以上前のことだから深夜に調べものをしようとすれば手持ちの資料を使うか、そんな時刻に電話をしても許される友人関係だけが頼りである。そういう宿題を出すことで、編集者として常備しておくべき基本的な資料や人間的なネットワークの必要性を、体験として教えてくれたのだと思う。

 その後出版社を離れて写真の仕事をするようになり、勉強会の細かいことはほとんど忘れてしまっても、この教えだけはしっかり身に付いている。

2009年 1月 15日


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