本は安い
 本に関しては「迷ったら買う」を原則としている(ということはつまり、迷わずに買うということか?な)。出版の流通システムの現状を考えると、後になって「やっぱり欲しい」と思ったときに、とんでもない苦労を強いられるのが目に見えているからだ。

 私はもともと酒・煙草・ギャンブル・*@#など一切やらないバルタン聖人のような生活をしているので、ある程度はそれが可能なのだ。「ある程度」とはもちろん懐具合の範囲内での事という意味で、皮肉にもこの経済的限界が私の「聖人」を保証している。限界がはずれれば、暴走は必至であります。

 自宅近くの書店で万華鏡の本が目に止まったのだが、一月ほど後になって聞いてみると「もう返品して書名がわからないと注文もできない」という返事だった。商品に対する知識、記憶、なにより「調べよう」と言う気持ちが欠落している。
 こうしてみると中小の書店が消えてゆくのは、どうやら書店の側にも責任がありそうだ。それはそうと酒飲みが酒屋をやると失敗するとよく言われるが、私みたいな書淫が書店をやるとどんなことになるのだろうか。
 閑話休題、稀覯本などに手を出さないかぎり、本は安いものだと思う。こんなに安いものは他には無いと思う。15分くらい考えたが、やはり無い。


 ところで先日、値段も見ずに塚本邦雄全集の一冊を買ったのだが、レジで1万円弱の価格を言われてちょっとびっくりした。正直なところ一瞬「高い」と思ったが、家に帰って読み始めたらそんな気持ちは見事に消し飛んでしまった。
 私にとって塚本邦雄は、すらすら読めるといった代物では決してない。むしろ難渋を極め、しばしば停滞を余儀なくされる。しかしそれは私だけのために演じられた魔術の謎解きにも似た、極上の時間なのだ。

 時間は均質ではない、と感じるのはこんな時だ。春宵一刻。一たび覚む揚州の夢。弛緩した時間もあれば、濃密な時間もある。この極上の時間の対価として一万円を「高い」と思ったのは、やはり恥じなければならない。
 本は安い。読者として、出版不況や流通を「論じる」前に、一冊の本を買おう。
 
 
 
『塚本邦雄全集』 塚本邦雄著

2009年 3月 7日


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