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『小島一郎写真集成』が刊行されたとき、この写真家のプリントをぜひやってみたいと強く思った。
その機会は意外に早く訪れ、2010年東川賞の飛彈野数右衛門賞受賞の納入プリントの制作を担当することになった。 青森県美の高橋さんから預かった原稿は、35ミリネガとデジタルデータが混在していた。この頃はディルバープリントを商品化して間もなくだったので、デジタルと銀塩の擦り合わせと、特に雪のトーンの再現と統一に注意を払った。 二度目は、震災前の東北を世界に紹介する国際交流基金のプロジェクト、世界巡回写真展「東北ー風土・人・くらし」での小島一郎のプリント担当だった。 小島一郎独特のトーン作り、彼を特徴付ける空を強く焼き込むテクニックなどは前回の仕事で習熟していたので、今回のハイライトは「集成」の179ページ、下北郡大間町の人物イメージだった。 小島一郎の作風の一つに、ミニコピーフィルムを使ったコントラストの高い作品群があるが、この作品も一見その技法の作品のように見える。 しかし実際にはこの作品のネガは普通の連続諧調のもので、発表された高いコントラストの強い印象のプリントとはかけ離れていて、どんなに印画紙のコントラストを上げても追いつかない。おそらく小島はいったん普通のプリントを作り、それをミニコピーフィルムで複写して高いコントラストのネガを作ったのだろうが、残念ながらそのネガは現存しない。 そこでミニコピーフィルムの無い現在可能な方法として製版用のリスフィルムで複写することにしたのだが、リスフィルムを普通に使ったのでは逆にコントラストが高すぎて、顔の部分の微妙なハーフトーンが再現出来ない。結局ハーフトーンのあるリス現像という、変則的な処理をして目的のネガを作った。 時代が変わると同じプリントを仕上げるにも異なる方法が必要になってくる場合がある、ということだ。
渡辺克巳のプリントを、数点プリントすることになった。
渡辺克巳は、渾身の力で「新宿」を写しきった写真家として記憶していた。 原稿として渡されたのは、ヴィレッジバンガードの店内と呼び込みふたりのイメージ。四切りのRCプリントで、近美に納品するためにバライタプリントを作ってほしいとのことだった。物故作家の場合、プリントはあるがネガは無いと言うケースは珍しくない。今回は、スキャンしてフィルムを作り、密着プリントというディルバープリントの標準行程になった。 プリントを仕上げてギャラリーに届けると、プリントは小泉悦子さん(渡辺克巳夫人)にいったん送られチェックを受けて戻ってきた。そのプリントは赤ペンで指示がみっちり書き込まれ真っ赤だった。ギャラリーのオーナーは済まなそうにしているし、他のギャラリストにみてもらっても、「スキャンからのプリントだったらこれが限度じゃないか」という意見だったようだ。昔はこういうケースは下手な写真家がプリントでなんとかするための救済策だと思っていたが、(あるいは下手なプリンターが受ける怒りの指示)しかし今回は違う。書き込みを良く読むと、悦子夫人の渡辺作品に対する理解と愛情があふれている。私は『新宿、インド、新宿』に収録されている悦子夫人の文章を再度ゆっくり読み返してみた。 もう一度やります、ギャラリーにそう伝えて再度原稿を受け取った。 こういう場合はスキャンで勝負が決まる。ディルバープリントでは覆い焼きや焼き込みができないのでなおさらだ。慎重に何度もレンジを合わせ直しスキャンすると、驚いたことにオリジナルプリントでは白飛びしていたウエイターのワイシャツのトーンが見事に再現されたではないか。私自身期待以上の結果だった。悦子夫人の情熱が呼び寄せた奇跡のようにも思えた。 やっぱり銀塩は凄い。見えない部分にもデータが潜んでいるのだ。 仕上がったプリントは悦子夫人にも満足していただき、無事美術館に納品された。
「凝視」は松濤美術館での写真展のときには、ネガが同定できずにプリント不可能という結論だった。
その後研究者の方が、この作品が3枚のネガからの合成であることを解明されたので、今回はプリントが可能になった。研究者の方に感謝である。 実際に手順を組んで行くと、人物のスナップから顔の部分だけを強拡大したものに、クレーンの写真3点の合計4枚のネガを合成して行くことになった。それぞれのネガの拡大率の違いと位置合わせのために4台の引き伸ばし機を並べての作業だ。 銀遊堂の暗室には3台の引き伸ばし機が設置してあるが、全部に電源が入るのは始めての事だ。加えて、明室も閉め切って暗室とし、そこに普段使わない引き伸ばし機を組み立てた。 位置合わせと露光時間を決めながらテストをしていると、作家はいったいどうやってこのプリントを作ったのか、という疑問が頭をもたげてくる。私は今、4台の引き伸ばし機を同時に使ってプリントをしているが、作家は多分1台でやったのに違いない。 でも、どうやって? それは奇跡としか思えない。 天才の技の前に、ただ立ち尽くすのみである。 |
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